A-Forum e-mail magazine no.29 (13-07-2016)

知って、想像して、考える

約110年前の1905(明治38)年に、今村明恒東大助教授(当時)が「市街地に於ける地震の生命及財産を対する損害を軽減する簡法」という論文を発表した。その中でもし首都圏に大地震が発生したら、それによる火災で東京を中心に10万人を超える犠牲者が出るとの予測がなされていた。翌年にその論文を引用した新聞記事をきっかけに、近々東京に大地震が来るのではとの風説が流れ、パニック状態になったという。

後日今村博士自身がこの論文に関して、地震の発生を予測したものではなく、大都市の消防能力の絶無に近い状況に警鐘を鳴らすためのものであったと回顧している。しかしその時の社会の混乱ぶりは、当時地震学の第一人者とされていた大森房吉東大教授(当時)が、「今村博士の説は学理上の価値が殆ど無い浮説」とする論文を発表しなければならないほどであった。この大森博士の論文によって社会は沈静化に向かった。そしてその17年後の1923(大正12年)に関東大地震が発生した。その時の犠牲者が10万5千人を超え、その内の9万2千人が火災によるものであったとされている。

一方南海トラフ巨大地震による犠牲者の数は、最悪33万人におよぶという予測を政府が発表している。同時に経済被害額、廃棄物量、津波の高さ、倒壊家屋数などに関して、気の遠くなるような数値予測もインターネットで検索できる。更にはかなり詳細なハザードマップまで公表されているが、そのためにパニックが起こったいう話は聞かない。なぜなのか。繰り返し流されるこうした類の予測情報に、社会が慣れて鈍感になってしまっているのだろうか。それとも想像力を超える被害予測の大きさに、考えることを諦めてしまっているのだろうか。いずれにしても、110年前とは比べものにならない情報量の多さが影響しているように思われる。

しかし少なからず社会の安全を担う建築構造技術者である私たちまでもが、そうであって良いはずがない。憲法論議が盛んな昨今、憲法学者の樋口陽一博士の「知る権利ではない、義務である」との言葉がよく引用される。またオバマ米大統領が先日広島を訪れた際に、「記憶を薄れさせてはならない」との言葉を残している。あふれる情報から構造物の被害の様相と社会への影響を的確に知り、しっかり記憶し続けることの重要性は言うまでもない。もう一つ忘れてならないことは、こうした予測のその先に何があるのかを想像し、どう対処するかにある。先日のA-Forumのテーマは「どうする?構造設計」であった。私たちのなすべきことを考えるとき、その微力さに立ちすくむ思いがする。それでも諦めず、途切れることなく考え続けたい。

参考文献:「未曽有の大災害と地震学―関東大震災―」武村雅之著 古今書院 2009年9月1日刊

(K.K)


第14回フォーラム開催決定
テーマ:わかりやすい木構造の魅力

第6回フォーラムで「伝統木構造を生かす道」と題して、いくつか気になるテーマを掲げて議論した。社会制度上の問題点も多く、簡単に答えがみつからないことは、予想していた通りであり、やや理念的な議論に偏した。我が国が多くの森林を抱えていることを思うと、いろいろな意味で、わかりやすさが普及にとって必要ではないかと考え、今回は、より具体的な形で議論が交わされることを企画した。
 木の家に住もうと思う人に対して、どこが魅力と考えるか。その魅力に、職人が答えるための動機づけは何か。構造的な利点をどのように語ることができるか。金物を用いないことが、どう良いのか。自然素材へのこだわり、集成材でなく自然の木を使うことが、どう良いのか。などについて、具体的にわかりやすく語れることは、専門家にとっても大切な視点である。
 話題のきっかけとして、釜石市唐丹小白浜における具体的なプロジェクト、120㎡2階建ての木造、事務所兼住宅を紹介する。設計は、(株)唐丹小白浜まちづくりセンターの神田順+西一治+鈴木久子、施工は、鶴岡市の棟梁、剱持猛雄が担当しており、6月に着工し、まもなく現地において建て方に入る。耐震の主要素としては、板倉工法(落とし板壁)を、また室内に見えるように格子壁を設置している。柱梁の組み方は、基本的に棟梁の判断によっているが、貫構造としての水平抵抗力もある程度は期待できると考えている。
 パネリストとしては、長年にわたり木構造の設計に従事されてきたお二人に、「魅力」と「わかりやすさ」を木構造建築のキーワードとして話題提供いただく。持続可能性という意味での利点はあげられるが、一方で、地域の木の活用、自然乾燥、大工による仕口加工、コストなど現実の問題点も少なくなく、需要の減少は、すでに深刻な状況にある。これからも、自然な形で、大工職人による、大量生産品でない木の架構が、ある程度の供給を確保できるようにするための共通の知見とそれに基づく戦略を、見出すことをねらいとしたい。
(神田順)

コーディネーター: 神田順(日本大学)
パネリスト:山辺豊彦(構造設計事務所)、山田憲明(構造設計事務所)


日時:2016年8月30日(火) 17:00-19:00
場所:A-Forum お茶の水レモンⅡビル 5階
参加費:2000円 (懇親会、資料代)
参加申し込み:こちらのフォーム よりお申し込みください。
*「お問い合わせ内容」に必ず「第14回フォーラム参加希望」とご明記ください。

日本学術会議 公開シンポジウム「大震災の起きない都市を目指して」


日時:2016年8月1日(月)13:00~17:30
場所:日本学術会議講堂(東京都港区六本木7-22-34)
主催:日本学術会議土木工学・建築学委員会大地震に対する大都市の防災・減災分科会
無料・申し込みは不要、参加自由。(資料の配布はありませんが、終了後に発表に用いたパワーポイントを「防災学術連携体」Webサイト内に公開予定)

地震発生頻度の高いわが国において、構造物や機能は大都市に過度に集中し、地震災害リスクはますます高まっています。政府の試算では首都直下地震を受けた場合の被害総額は100兆円に達すると言われています。関東大震災の被害総額が当時の国家予算の1.5倍に達したと言われていますので、ありうる数値だと考えております。熊本地震においても建物やインフラ施設の耐震性の問題に加えて、多くの課題が顕在化しました。日本学術会議の中に設けられた「大地震に対する大都市の防災・減災分科会」では、大都市の震災リスクを低減するための建物・インフラ施設・情報インフラなどの高耐震化とそのための社会システムなどについて検討しています。
 このたびの公開シンポジウムでは、来るべき大地震に備え、大都市の震災軽減につながる、強靭な都市・社会の構築に向けた提言案とその背景となる考え方を発表し、内容について議論したいと考えております。(W.A.)
プログラム詳細

第13回フォーラム動画公開


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