A-Forum e-mail magazine no.31 (09-09-2016)

日本構造デザイン賞について

松井源吾賞の創設
建築家の業績を顕彰する、いわゆる「作品賞」は数多い。たとえば建築学会の作品賞や作品選奨をはじめ、建築家協会、建築士会、建築事務所協会などの職能団体や全国の各地域でもさまざまな表彰制度がみられる。一方、構造設計者の優れた業績に対する社会的評価の場は極めて少ない。この状況は昔も今も余り変わらない。
「松井源吾賞」が創立されたのは1990年。今から27年前のことである。早稲田大学教授であった松井源吾先生(1920-1996)の退職を記念して企画された。その1年前の4月であった。松井先生から「松井源吾賞」の構想と私に最初の審査員をやって欲しい旨を記したお手紙を頂いた。構造家の青木繁、田中彌壽雄と建築家の菊竹清訓、内井昭蔵の各先生方とご一緒とのことであった。そして第一回に川口 衞、佐々木 睦朗、第ニ回に播 繁、草場 基成の各氏を選ぶことができた。本賞のスタートを切るにふさわしい人選だったと確信すると共に、その後の発展が予感された。私自身は第三回の受賞を頂くことになったのだが、この時何より嬉しかったのは受賞を共にしたのが国際的に著名なレスリー・E・ロバートソン氏(1928-)であったことであった。ニューヨークのWTC(1972)や香港の中国銀行(1990)などの設計者として、また数々の新しい技術開発に情熱を傾けてきたエンジニアとして以前より私が尊敬していた人物である。そしてシアトル在住の私の旧友、池田一郎君が長く勤めていたLERAの所長でもあった。今思えばその受賞の8年後の2001年、テロリストによる過酷なインパクトにしばらく耐えていたかに見えたWTCは、しかし一瞬にして崩れ落ちたのだ。ロバートソンの無念さが思われてならない。

日本構造家倶楽部の設立
構造設計者が「構造家」と呼称され、「構造デザイン」という分野が一層顕在化してきたことに「松井源吾賞」は大きな力となったと思われる。15年間に31名(内外国人4名)の受賞者を数えた。この賞も松井先生没後9年、生誕85年の2005年に幕を閉じた。生前、先生はよくいわれていたという。「俺が死んだら松井賞は止めろ」と。しかし、構造家の業績に対する社会的評価の向上に大きな貢献をなした「賞」が途絶することを惜しんだ松井源吾賞の受賞者達が松井先生の遺志を継承しようと「日本構造家倶楽部」を設立。2006年には第一回の「日本構造デザイン賞」がスタートした。ここでは「松井源吾賞」および新設された「日本構造デザイン賞」の受賞者を会員としており、2016年現在の正会員数は47名、名誉会員5名、会友11名となっている。
受賞者は毎年2名程度、松井源吾特別賞1名を原則として選考することにしている。「賞」の選考方針等は選考委員会の中で毎回確認しているものの「JSCA賞」との違いについて応募者からの質問も多い。

文量が多くなって恐縮だが、ここで本年の選評の一部を記したい。本賞への理解とこれから期待される多くの応募者の皆さんの参考となれば幸いである。

日本構造デザイン賞2016(選評の一部)
総合選評
2006年に始まった「日本構造デザイン賞」は今年で11回目、松井源吾賞から数えれば26回目を迎えることになる。今回の応募件数は10件であり、6月15日(水)に建築家2名、構造家3名からなる選考委員すなわち、赤松佳珠子、西沢立衛、金田充弘、山田憲明および斎藤公男(委員長)により選考会が行われた。応募作品の概要は以下の通りであり、対象は多岐にわたった。

体育施設(アリーナ、スタジアム)2件、幼稚園 1件、住宅(別荘) 1件、大学施設(記念館) 1件、集合住宅 1件、オフィスビル 1件、耐震改修 1件、ミュージアム 1件、港湾施設 1件 、以上10件

まず、選考を始めるに当って次の3点について意見交換を行い、選考委員会としての基本方針を確認した。

1) 1つの作品について複数(今回は2人)の応募者が居る場合、各々が果たした役割が明確かつ対等であり、さらに各々のこれまでの実績が認められること。
2) 海外からの応募者については、松井源吾賞においても事例があり、特に問題はないとする。
3) 応募作品の構造デザインに関する評価を行うと共に応募者の構造家としての実績や資質についてもできるだけ議論すること。

次に選考委員長より第11回「日本構造デザイン賞」の選考基準についての提案があり、議論を経て次の各項が確認された。

1) 本賞は応募作品における構造設計者の業績を評価すると共に、これまでの実績を通じて優れた個人の構造設計者を顕彰するものである。
2) 応募作品は建築的に優れており、そのデザイン・コンセプトが明快であること。
3) 構造デザインの視点から、新規性、合理性、審美性など構造設計者としての創意工夫が盛り込まれていること。
4) 応募者は基本設計、実施設計および工事監理まで一貫して「作品」創りに主体的に関与していること。

以上の視点を共有しながら提出資料を吟味した上で議論と投票を重ねた結果、次の2作品および3名の応募者が受賞者として決定された。いずれも独創的な構造デザインによって「建築」が求める空間的創造性と構造的合理性を実現させている。

▷ 岡村 仁 & 桐野 康則 (KAP、共同受賞)    「静岡県草薙総合運動場体育館」(このはなアリーナ)
▷ Ney Laurent (ネイ&パートナーズ)                   「三角港キャノピー」

上記2作品については実際に現地を視察した選考委員の各々が選評を述べているが、ここでは両者を比較しながら、委員長としての私見をコメントしたいと思う。
まず特筆すべきは、第一に日本構造デザイン賞としては初めてとなるユニットとしての連名受賞者が誕生したことである。岡村、桐野の両名ともに各々の個人実績は申し分なく、共同設計した応募作品の質も高いと評価された。「このはなアリーナ」は、地方の時代の地方の建物に込められた建築家・内藤廣の漲る気迫が伝わってくる建築である。設計者の木に対する思いの強さが形態と構造の大胆な発想へと結びついたと考えられるが、その実現は容易ではない。木質構造の特性を把握し、免震構造として大空間を成立させるため構造設計者は設計から施工までさまざな専門的エンジニアとの協同を構築し、統合へと導いている。これまでのユニットとしての実績の高さが伺えよう。
特筆すべき第二は「三角港キャノピー」が海外の著名設計者による土木的構造物ということである。松井源吾賞においても、L.E.ロバートソン、P.ライス、C.バーモント、最近ではJ.シュライヒ等が受賞しており、N.ローランは海外在住者として6人目の受賞者となる。
ベルギー、ブリュッセルに本社があるネイ&パートナーズの設計プロセスの特徴は通常の建築家と構造設計者との協同の形をとらない点である。多くの橋梁や大スパンおよび土木構造物に関しては自社で意匠から構造、設計から施工監理までを手掛けている。美しく合理的な技術解=かたちを物語(ストーリー)を育みながら創出させるプロセスは、たとえば最近つくられた「札幌路面電車停留所」の端正な空間にみることができる。素材・ディテール・構造システムが見事に小さな建築に凝縮されている。「三角港キャノピー」も同様な期待を抱かせよう。

「日本構造デザイン賞 松井源吾特別賞」はArup東京事務所代表として永年の功績を果たした彦根茂氏を委員会全員一致で決定した。 斎藤公男(選考委員長・構造家)

日本構造デザイン賞・松井源吾特別賞

彦根 茂
「Arup・東京事務所代表としてトータルな構造デザインの実現に果たした永年の貢献」

業績賞として位置づけられる松井源吾特別賞は原則的に毎年1名が選ばれている。9人目となる本年の受賞者を日本構造家倶楽部から推薦された彦根茂氏とすることを選考委員会は全員一致で承認した。 Arup東京事務所が開設されたのは1989年。彦根氏は1994年にOve Arup & Partners に入社し、1997年から約20年間、日本における代表を務めた。今回の受賞はその間における同氏の構造デザインに関するさまざまな貢献が評価されたものである。たとえば「なにわの海の時空間」(2000年)、「ソニーシティ」(2006年)、「ニコラス・G・ハイエック・センター」(2007年)等の多くの構造設計に深く関わると共に、構造以外の設備・環境・ファサード・照明との統合にも意をつくしてきた。さらにはプロダクトマネージャーとして構造設計者がトータル・デザインを意識して建築家と良好な協同が出来るような環境づくりに力を注いできたことが最も注目されよう。

オブ・アラップが3人の同僚と共に「アラップ社」を設立したのは1946年。今からちょうど70年前のことである。そして今日ではおそらく所員数は11,000人、事務所数は90箇所をこえるものと思われる。
私事で恐縮ではあるが、私がアラップ卿と直接ロンドンで会えたのは1972年秋。シドニー・オペラハウスの竣工直前のこの時、77歳の卿は穏やかですこぶる元気であった。以来、Fitzroyへは何度足を運んだことだろうか。今は亡き、E.ハボルドやP.ライスの面影も懐かしく、私自身も3度社内レクチャー('88、’91、’01)の機会を得ることが出来た。彦根氏と初めてお会いしたのはM.マニング部長を日本大学の客員教授として招いた1986年頃、もう30年も昔のことになる。

アラップ社が生みだす作品やそこに働く優れた人々を見て感じることは、空前の規模で拡大し続けてきたこの国際組織を支えるものの存在である。ひとつは、所属するエンジニアの個人の人間的な関係性を軸とした組織体であり、共通の哲学・理念を抱く小規模な連邦体だということ。異なる建築家と組むコンペ等では当然、社内での競合は日常的であろう。したがってアラップ社のリーダーは個人の能力や個性が最大限発揮される環境づくりを心がけており、その課題は彦根氏にも課せられてきたはずである。そしていまひとつは、多くのスタッフを結びつける道標。それが創立者オブ・アラップの設計哲学、すなわち「トータル・デザイン」である。アーキテクチャーとエンジニアリング、設計と生産を総括的にとらえ、両者の融合・触発・統合を計りながら、あらゆる技術を駆使して建築のトータルな質を向上させることがその理念である。そのための人材を集めていった結果、組織が拡大したとみるべきであろう。日本における構造デザインを刺激し続けてきたアラップ社の仕事を概観すると彦根氏の果たした役割が理解されよう。
アラップ東京事務所が開設25周年を迎えた2014年末、彦根氏はSJVの中心的なスタッフとして(旧)「新国立競技場」に取り組んでいた。そして2015年7月17日に白紙撤回。トータル・デザインとしてのザハ案の実現を見られなかったのが何とも残念である。
(M.S.)


第15回AF-Forum
テーマ:「空間 素材 構造」


コーディネータ:斎藤公男
パネリスト:加藤詞史(加藤建築設計事務所)、木下洋介(木下洋介構造設計室)
日時:2016年10月25日(火) 17:00-19:00
場所:A-Forum お茶の水レモンⅡビル 5階
参加費:2000円 (懇親会、資料代)
参加申し込み:こちらのフォーム よりお申し込みください。
*「お問い合わせ内容」に必ず「第15回フォーラム参加希望」とご明記ください。

今回のフォーラムのタイトル、「空間 素材 構造」にはさまざまなテーマが詰まっている。
工学と美学双方を支える直感や感性。イメージ(想像力)とテクノロジー(実現力)の融合・触発・統合。2つの双対的ベクトルの有り様といったアーキニアリング・デザイン(AND)のコンセプトにも議論が深まればと楽しみである。

「JSCA賞」と「日本構造デザイン賞」とは、共に構造設計者の優れた業績に対する社会的評価の舞台であり、我が国では数少ない貴重な表彰である。各々は日本建築技術者協会と日本構造家倶楽部という全く体質の異なる組織体の主宰であるが、後者の創立の原点を「松井源吾賞」(1990)とするならば、27回目を迎えた前者共々そのスタートはほぼ同時期とみることができよう。偶然にも、今年度の表彰委員長は各々和田先生と私であった。

今年度の「日本構造デザイン賞」(表彰式9/2)には「このはなアリーナ」と「三角港キャノピー」が選ばれた。(詳細はA-Forum e-mail magazine no.31、冒頭エッセイ)両者を比べると実に興味深い。すなわち機能・形態・規模・設計体制等が全く異なる2つの作品にはいくつかの共通点が見いだせることである。第一に設計のめざすべきコンセプトが当初から明快でブレのないこと、第二にそのイメージの実現に向かって最新のテクノロジーが駆使され統合されていること、第三に構造システム・ディテール・工法にわたるホリスティックなデザインを実践させていること、そして第四に素材の巧みな生かし方である。前者では鉄と木のハイブリッド構造が免震やPSによって実現され、後者ではサンドイッチパネルと鋳鋼、LEDの活用により鮮やかな構造空間が誕生した。いずれもコンピューターの能力ではなし得ない知力と情熱の結晶といえよう。

今回のAF-Forumではこうした視点からテーマを「空間 素材 構造」とし、優れた建築家と構造家を招いた。建築家の加藤詞史氏は「唐戸市場」(2001)でPCaPCやケーブルによる張弦梁、近作の「梅郷礼拝堂」(2016)では木質集積構造を発案し、意匠と構造の高い融合に挑戦している。力の可視化、素材を中心にした装飾と合理の論点も期待できそうである。一方、構造家の木下洋介氏には今年度のJSCA賞作品「オガールベース」を注目したい。集成材とRCの一体化による「櫛型耐震壁」の考案をはじめ、ローコストで効果的かつ美しい木造架構の構築は普遍性をもつ構造デザインとしても高く評価されよう。(斎藤公男)
  

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第14回フォーラムのまとめ


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第6回フォーラムに引き続き、木構造をテーマとし「わかりやすい木構造の魅力」と題して、まず、コーディネータの神田から趣旨説明と、進行中の木造のプロジェクトの紹介を行った。木の建築の魅力を設計者、施工者、居住者からみてみようということであるが、今回は、設計者の視点が語られることとなる。構造と仕上げの一体性、自然素材としての心地よさは、魅力としてわかりやすい部分である…
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A-Forum アーキテクト/ビルダー(「建築の設計と生産」)研究会
第3回「日本の住宅生産と建築家 」

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日時:2016年9月29日(木)17:30-19:00 (終了後会場にて懇親会を行います)
場所:A-forum
共催:日本建築学会『建築討論』

コーディネーター:布野修司+斎藤公男

(a) 日本の住宅建設と供給主体の歴史的変遷:権藤智之(首都大学東京)
(b) 家づくりの会と設計施工 松澤静男(KINOIESEVENリーダー・マツザワ設計)
(c) 建築家と工務店の関わり 泉幸甫(泉幸甫建築研究所)
(d) アーキテクト・ビルダーの実践:八巻秀房((株)山の木)

参加申し込み:こちらのフォーム よりお申し込みください。
*「お問い合わせ内容」に必ず「AB研究会参加希望」とご明記ください。

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